石井雅晴副会長 訃報

関東同窓会副会長の石井雅晴氏が3月9日に逝去されました。謹んでお悔やみ申しあげます。関東同窓会 片岡会長の追悼文を掲載いたします。

石井副会長のご逝去を悼む

津山高校関東同窓会
会長 片岡廣治郎

去る3月9日に石井雅晴副会長が治療を続けていた膵臓癌が悪化し亡くなった。本人から事前に話を聞いていたとはいえ、現実になるとショックは大きい。津山高校関東同窓会にとって、大変な功績のあった人で、彼がいなかったら同窓会も現状を維持できなかったろうと思う。

10年ぐらい前だったと思うが、同窓会運営で何かと苦しかった時、「うちの会社を同窓会の事務局に使ってもらって良いですよ」と声をかけてくれ、大喜びをしたのを覚えている。その言葉に甘えて、事務局だけではなく、拡大役員会、常任委員会、会報の編集委員会、案内状の封筒詰め作業も全てオーナーである石井社長(当時)の会社の会議室を使わせてもらった。会議終了後は、必ず、厨房付きの会議室で懇親会が始まり、石井社長から美味しい酒などの差し入れまでしてもらった。まさに、同窓会にとって恩人であり、将来の会長を期待していた。

彼は、津山高校を昭和48年に卒業し、名門早稲田大学に進学、卒業後は志を立て32歳の若さで、ボイスインターナショナル㈱を起業した。その誰にも愛される人柄と経営力で年商20億を超える会社に育てた。家族にも恵まれ、いざこれからという時の旅立ちであった。極めて残念、無念で言葉が出ない。

葬儀は19日通夜、20日葬儀告別式が青山斎場でとりおこなわれた。実に立派な葬儀で、会葬者も300人を超えた。もちろん、多くの同窓生も参列した。

弔辞で友人代表が詠んだ唐代の詩人、于武陵の詩を井伏鱒二が訳した「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」思い起こす。

どんなにきれいな花が咲いても風雨(嵐)で散ってしまう。どんなに大切な友もいつかは、必ず別離がある。とはいえ、62歳はあまりにも早い別れに思える。出棺に際し、津山高校と早稲田大学の校歌が流された。目頭を熱くしながら、思わず口ずさんでしまった。

心から石井君ありがとう。どうぞ、安らかにお眠りください。